カジノテーブル シルエット

ロバート・デ・ニーロが主演し、マーティン・スコセッシが監督した映画に1970年代のラスベガスのカジノの内幕を描いた『カジノ』という作品があります。
カジノについて何か学ぶ事はないかと思って観たのですが、正直、映画としてはあまり面白くありませんでした。

デ・ニーロが演じる優秀な予想屋が、その能力を見込まれてカジノの経営をまかされて成功を収めていくが、最終的には色々と問題がおこって……。
といった感じで、実在の人物をモデルとして、カジノと暗黒街のボスたちとの関わりを中心に描いています。

実際にカジノで遊ぶ時に参考にできるようなものはありませんでしたが、描かれている人物には気になる人がいました。

それは、ほんの短いエピソードに登場する『イチカワ』という日本人です。
彼はバカラで勝って大金を手にして帰ろうとするのですが、デ・ニーロが演じるカジノの責任者の画策で足止めをくらい、またバカラで遊ぶ事になります。

結局、せっかく勝った金を全部すった上に、多額の損失を出して帰る事になってしまうというカジノ経営者の手腕を表現したエピソードですね。
勝ち逃げは許さないといった所でしょう。

イチカワは単に足止めをくらっただけで、カジノ側が何か仕掛けたわけではありません。
時間潰しに最初は少額のベットでバカラを楽しみます。
せっかく勝ったのだから、その金を減らしたくないという正常な判断力が働いていたはずです。

けれど、やがて我慢できなくなって高額のベットを始め、敗北してしまいます。
ギャンブルにのめり込んだ人間の性を表現しているのでしょう。
カジノ側としては、そんなギャンブラーの心理を知った上で足止めをしたという事です。

ギャンブラー『柏木昭雄』

この『イチカワ』という日本人にはモデルがいます。
世界中のカジノで広く知られたハイローラー(高額の賭けをする人)の一人『柏木昭雄』。

現在アメリカ大統領になっているドナルド・トランプと勝負したエピソードが有名で、最期は自宅で刺殺体として発見され、犯人は判らないまま迷宮入りになってしまったりと、なかなか想像力を掻き立てる人物です。
断片的な情報しかないので、どこまでが真実かわかりませんが、僕の勝手な妄想も交えて、この人の人生を辿りつつ、「ギャンブラーって何」といった事を考えてみたくなりました。

柏木さんは不動産や貸金業で財を為したようですが、ネットで調べた限りでは、あまりお近づきにはなりたくない人物です。
最初は貧しく、富士山で強力をして稼ぎ、次第に成りあがっていくという、分かりやすい立身出世物語の主人公ではあります。

ですが、その成り上がり方がかなり強引だったようです。
バブルの盛りの日本で、ヤクザまがいのやり方で金を設けていた人達の一つの典型かもしれません。
そうして儲けた金をギャンブルに注ぎ込んだわけですね。

ダーウィンの伝説

1990年の1月、オーストラリアの北部・ダーウィンでの出来事が柏木さんを有名にしました。

この町に3泊4日で滞在した彼は、連日カジノに通い、バカラで稼いだ額は約23億円とも29億円とも言われています。
とにかく世間がアッと驚くような金額を手にしたわけです。

なおその際のエピソードの一つとして、マックスベットの30万オーストラリアドル(約2400万円)で17連勝したなんて話も存在します。
こういった話は派手な尾ひれがついて伝わる事が多いですから、多少割り引いて捉えたにしても、とにかく派手な勝ち方をした事は間違いありません。

柏木さんはカジノに行く際、げんを担いでラッキーセブンの「7億」を軍資金として持っていくそうなので、7億を元手だと考えると3倍以上に増やしたことになります。
そうは言っても、たかが「3倍~4倍」です。
そう考えると「23億」というのも、それほど法外な金額には思えなくなります。

7ドルを23ドルにするぐらいの事は、僕でも時々経験しています。
ケタが違うので、一概には言えませんが、元手と運と度胸さえあれば、きっと誰でも稼げます。
ただ、僕には元手も運も度胸もない。それだけの話です。

バカラの謎

「バカラ」はポーカーやブラックジャックのように、プレイヤーの知識や技術が結果を左右するギャンブルではありません。
出目を記録して予想を立てる人もいるようですが、結果的には「運任せ」だと僕は思います。
ゲームとしては、決して面白いものではありません。

しかし勝っても負けても、その金額の大きさが話題になるのは「バカラ」です。
「バカラ」の何が人を引きつけるのでしょうか?

もしかしたら、「運任せ」である事がバカラの魅力なのかもしれない……。
柏木さんの事を考えているうちに、そんな気がしてきました。

己の才覚で巨万の富を得たような人たちにとっては、単なる「運」さえも支配したいという欲求が芽生えるのではないでしょうか?
「運任せ」のバカラで勝利するという事は、「運命」さえも支配したという「全能感」に近い感覚を味わえるのかもしれません。

1ドル、2ドルしか賭けないバカラと、数百万、数千万円を賭けてプレイするバカラでは全く違った景色があるに違いありません。
ディーラーや他のプレイヤー、カジノの運営者さえもが、驚くような巨額の賭けに出た時の周囲に与えたインパクトを感じる圧倒的優越感。
そして、その勝負に勝った時の快感は、おそらく経験をした者にしか判らないでしょう。

トランプとの出会い

柏木さんは、「マカオの虎」「ウォーリア(戦士)」といった異名で呼ばれるほどの名声を誇り、その評判はカジノの経営者でもあるトランプの耳にも入っていたようです。

柏木さんとトランプが出会ったのは柏木さんがオーストラリアで大勝したのと同じ1990年。
トランプはマイク・タイソンとジェームス・ダグラスの試合を観戦する為に日本を訪れていました。

トランプカジノの責任者だった人が書いた本によると、カジノ側は、かなり前から柏木さんに狙いをつけていて呼び込もうとしていたそうです。
柏木さんもトランプの事は知っていて、「一度賭けをしたいものだ」と言っていたらしいので、お互いに出会う前から意識しあっていたようですね。

柏木さんのオーストラリアでの大勝利が評判になってから間も無くのことなので、トランプには柏木さんが大量のあぶく銭を持ったカモに見えていたのでしょう。
ですが、逆に「カモ」にされたのはトランプの方でした。

VSトランプ 因縁の始まり

勝負といっても、トランプと柏木さんが一緒のテーブルについてプレイするわけではありません。
トランプは別の部屋にいて、逐次報告を受けていただけです。

1回のプレイで20万ドルが動いたといいますから、柏木さんは2千万円以上を賭けていたことになります。
閉店の2時間前、午前二時の時点ではカジノ側が200万ドル勝っていたのですが、その後23連勝があったりして、初日が終わった時点では柏木さんが400万ドル勝っていました。
この報告を聞いたトランプは弱気になって「もう帰した方がいいんじゃないか?」なんて言ったようです。

結局、翌日、柏木さんは更に200万ドルを上乗せして、合計600万ドル(約9億円)勝って帰っていきました。
約10時間の勝負で約9億円の勝利。

23億、29億といった話の後なので、ちょっとスケールが小さくなった印象ですが、トランプが経営していたカジノ創業以来最大の損失だったという話です。
自分から誘っておいて大損害を被ったわけですから、トランプとしては悔しかったことでしょう。

彼を個人的に知っているわけではありませんが、大統領に就任してからの彼の言動から察するに、かなり子供じみた性格の人だと思います。
自分に敵対する者はどんな方法を使ってでも打倒す、そんな単純で強烈な思いがあるからこそ、成功したのでしょう。
この点は、柏木さんと共通するものを感じます。

もしかすると、二人の間には何か心理的にシンクロするものがあったのではないかと想像してしまいます。
似た者同士だからこそ、憎むのか、共感を感じるのか……。

とにかくこの一件によって、トランプにとって柏木さんという人間は気になる存在になったはずです。
そして「9億」の損失よりも、「負けた」という事実の方が許せなかった。
負けたままで柏木さんとの関係を終わらせるわけにはいかなかったのです。

トランプという男

リターンマッチは3か月後でした。
この時、勝負の条件として1回目の賭け金が3千万とか、どちらかが18億負けるまでやるみたいな事が提示されたりしたようですが、詳しい内容は調べてもわかりませんでした。
何らかの条件の提示はあったはずですが、結果から考えると、これは正確な情報ではないように思います。

トランプは、とにかく派手な形で決着を付けたかったはずです。
これはトランプがギャンブルの世界に向けて仕掛けた「ショー」だったように思います。
トランプとしては、どんな事をしても「勝つ」という強い思いがあったのでしょう。
無論、柏木さんも負けるつもりなど、サラサラ無かったはずです。

カジノを経営していても、トランプ自身は、あまりギャンブルには積極的ではありませんでした。
「ギャンブルをするかどうか聞かれた時に私は、いいえ、慎重派ですから。と答えていた。なぜなら、ある程度以上の論理と理由付けが私の意思決定には必要だからだ」
と、著書の中に書いています。何の理由付けもない「運任せ」に身をゆだねる気は無かったということでしょう。

ですが、同じ著書の中で柏木さんとの二度目の勝負について、こうも書いています。
「私は初めて自分がギャンブラーになっている事に気づいたのです」
この時のトランプは損失を補填しようとする「ビジネスマン」ではなく、柏木さんとの勝負に「賭けた」ギャンブラーだったという事でしょうか。
しかしトランプは、やはり見ていることしかできません。

リターンマッチ

「私は世界最高のギャンブラーが、私に対し1回25万ドルずつ、1時間当たり70回もプレイするのを、ただ傍観者として座って見ているだけだった」と、書いています。
前回よりも更に一回の賭け金が上がっています。
25万ドルといえば、約2700万円です。正気の沙汰ではありませんね。

自ら勝負に出ている柏木さんはスリルを楽しんでいるのかもしれませんが、ただ見ている事しかできないトランプの心境はどうだったのでしょう?
後にトランプは「今までで最高の賭けだった」と振り返っているようです。

二度目の勝負も柏木さんの優勢でした。
一時は10億近く勝っていたと言います。
トランプの手記の記述によれば、これは最終日の事だったようです。
柏木さんは猛攻を見せて925万ドルのプラスまで持っていきました。

「この男は俺を殺そうとしているぞ。彼に言ってくれ、俺はマイナス1000万ドルになったら勝負を降りる」
そうトランプは言ったそうです。
ですが、数時間後に形勢は変わり、両者五分五分の状態になりました。
そして…。

「次の10時間、私たちは勝ち続けた。信じられないことだが、柏木氏は1000万ドル(約15億円)の負けになっていたのだ。約束を思い出し、私はゲームを終了するように言った。柏木氏は特に嬉しそうでもなかったが同意した」
これが、二人の勝負の顛末です。

このエピソードを目にした時、この勝負が6日という長時間を費やしている事が気になりました。
通常、カジノのゲームは若干、カジノ側に有利になっています。
あくまで一般論ですが、確率的には長くプレイをすればする程、プレイヤーが負ける可能性が高くなるはずです。
勿論、それでも勝つ時は勝ってしまうのがギャンブルなのですが…。

もしかするとトランプは長期戦に持ち込めば、必ず柏木さんがヘコむ時が来ると思っていたのではないと考えたのです。
そして、柏木さんの様な性格の人間なら、悪い流れになった時でも、と言うか悪い流れになれば余計に、とことんまで勝負してくると読んでいたのではないかと。

まあ、その程度の事は誰でも考えるでしょうから、トランプも全く考えていなかったわけではないでしょう。
それでも一時は、トランプを慌てさせたぐらいに勝っていた柏木さんは、やはり強運の持ち主だったのかもしれません。

柏木さんは負けた後は、みっともなく荒れる人だったようです。
負けた金の支払いを渋ったり値切ったりもしたし、周囲の人間にも当たり散らしました。
やはり、この人も子供っぽい性格の持ち主なのです。
体面を気にせず、感情をストレートに表現できるタイプの人間なんですね。
負けても勝っても大騒ぎせず、スマートにふるまうといったオシャレなギャンブラー像とはかけ離れた存在です。

そこが人間的で、興味深かったりもするのですが…。
やはり、トランプと似ているように僕には思えます。

ギャンブラーの最期

その後、トランプはご存知の通りアメリカ合衆国大統領にまで昇り詰めるわけですが、柏木さんには悲惨な最期が待っています。

トランプとの勝負の約1年半後、柏木さんは豪華な自宅で、メッタ刺しにされた刺殺体として発見されました。
犯人が捕まらないまま時効になってしまったので、何故、殺されたのかはわかりません。

負け金を払わない柏木さんをトランプが殺させたなんて噂や、他のカジノにも多額の負債があって、マフィアが動いたなんて説もあって、好奇心をそそられます。
実際、ラスベガスのヒルトンに500万ドル、アトランティックシティーのトランププラザホテルに400万ドルの借金が残っていたようです。

ですが、常識的に考えて、カジノが彼を殺させたというのは考えにくいでしょう。
そんな事をしても何の得もありませんからね。

仕事やプライベートでも敵の多い人だったようですから、そんな誰かの恨みをかったというのが、真相のような気がします。
絵に描いたように悲惨な末路です。

悪評の高かった人ですから、死さえも自業自得といったニュアンスで語られてしまったりもしています。
ある意味で、ギャンブラーらしい最期なのではないかと、僕は思います。
もしかしたら、柏木さんは、自分の人生そのものも一つの「賭け」と捉えていたのかもしれません。

負けたら「死」。
そんな危険な勝負を仕掛け、負けただけ。
案外、それが彼の死の真相だったりするのかも…と、妄想は膨らみます。

片や、大統領になったトランプは、自分の金や命ではなく、多くの人の生活や人生を危険な賭けにさらしているのではないかと…思ったりするのです。